公的な文章

ある先生から言われたこともあるし、公的な文章の話します。


公的な文章は、エンタメ雑誌とか、絵文字メールのような、キレイでユニークな文章は認められにくいということです。


例えば「僕」とか「あいつ」という表現は認められないし、必ず「私」とか「-さん」「-氏」という言葉を、たとえ自分の意にあわなくても使わないといけないってことです。


あと、今日、注意されたんですけど、長ったらしい文章は本を書くときを除いて認められないのと、何を言いたいのか意味不明な文章も認められません。


だから論文とか、寄稿もそれと同じルールになるわけです。


自分としては伝えたいことがいっぱいあっても、読む方は冷たいから、長い文章は、なかなか読んでくれないというのも、1つの理由だと思います。


ここが難しいところで、長く書かないと、言いたいことがきちんと伝わらないこともあるし、逆に短くすると不十分な文章になって、誤解につながる可能性もあるってことです。


今日の添削で、自分も少しは「ここは残してください。」とお願いして残してもらった部分はあるんやけど、肝心のところのカットが決まりました。


これは何も素人の僕だけじゃなく、大ベテランのモノ書きの方にも、よくある話なんですよね。


教授の先生や作家さんとか。


ちなみに香山リカさんも「なぜ日本人は劣化したか」 という本の最初に同じことを書いてます。


書き手は伝えたいんやけど、頼んでくる人にしたら、「読み手が欲しがらない情報」でしかないってことですね。


だから、モノを書くのは好きではないと言ってるわけですが、今回書く文章は、自分や他にも同じ障がいで苦しんでる人のためなんで、頑張りたいと思います。

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